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多良木町〜百太郎溝のまち〜

  • 執筆者の写真: うらのりょうた
    うらのりょうた
  • 2021年6月15日
  • 読了時間: 2分

日本3大急流の1つである球磨川が東西に流れる多良木町(たらぎまち)、あさぎり町、錦町の3町では、豊かな自然を生かした農業が盛んです。田畑を潤すために球磨川の水を引く灌漑工事が、鎌倉時代には既に始まっていたといいます。藩の支援は乏しく、子どもからお年寄りまで総出で手掘りしました。多良木町に立派な「百太郎溝(ひゃくたろうみぞ)」が完成したのは1710年。農民の努力の結晶です。

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「日本遺産」や「世界かんがい施設遺産」にも登録されている百太郎溝。一風変わった名前は人名に由来します。球磨郡郷土読本によると、「堰構築も、幾度となくおこなわれたが、洪水期を迎えると、ひとたまりもなく崩壊し、ただ人々の失望を深めるにすぎなかった。ある時、庄屋の夢枕に水神様が立ち『袴(着物)に横縞のつぎをあてた男を人柱(ひとばしら)にたてよ』とのお告げがあり、百太郎がその犠牲となり、大石柱の下に生き埋めされることになった」。

百太郎溝

現代の百太郎溝?

多良木町の水田

百太郎は神へ供える生贄として埋められてしまったのです。事実なのか、灌漑の過酷さを例えた架空の話かはわかりませんが、球磨地方では「人柱伝説」として今なお伝承されています。

百太郎を祀った百太郎水戸神社

幹線道路の国道219号。オリジナルの街灯が立ち並び活気を演出

【人口】8752人

【面積】165.86 km2

【人口密度】52.8人/km2

【隣接自治体】球磨郡あさぎり町、相良村、五木村、水上村、湯前町

宮崎県:小林市、児湯郡西米良村

【交通】九州自動車道人吉インターチェンジから約30分

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日本1718景とは

「私のまちは何もないよ」

自己紹介でよく聞くセリフです。
大学時代、この言葉に違和感を覚えたことを

きっかけに12年かけて日本を踏破。

すべてのまちに魅力があるはずだし、

すべての人がまちに誇りを持ってほしい。
知らないまちを知ったり訪れるキッカケをつくり、
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